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ボクシングについて③

自分がボクシングに青春の一時期を捧げたのは、広島にいた八年間である。ファイターを育成する、あのジムで毎日のようにスパーで殴り合い。よくぞ、あんなことがやっていられたものだと改めて思う。そして、実は今もボクシングのトレーナーをやっているのである。
ここは一般会員が「楽しむためのボクシング」をやっているジムだが、全日本、インターハイで活躍する選手もいる。でもって、こういう選手たちと「ちょっと、相手してくれ」と、マスをやると、こちらのパンチが当たらないのである。巧みなフットワークで避けられ、少しでも気を抜こうものなら、スピィーディーなパンチが連打で飛んでくる。
自分の経験からして何度も言う。パンチの攻防に限って言えば、ボクシングは最強である。目にも止まらぬ速さで放たれるパンチを古流武術の約束稽古のように、とらえるなんて絶対に不可能だ。
実戦においても、ボクシングの熟練者は強い。それを目のあたりにしたことも何度かある。

ただ一つ、書いておきたいのだが…。ボクシングはご存じのようにバンテージをしっかり巻いて、グローブで打ち合う格闘技である。
素人は「グローブは安全性を守るため」と思っているかもしれないが、そうじゃない。グローブを着けたボクサーのパンチはそれ自体が凶器なのだ。

まず、第一に素手での殴り合いをやったら、どれだけ部位鍛練をしていても、当たりどころによっては打ったこっちの方が拳を痛める。そして、グローブで殴られる衝撃は文字通り、脳を揺らすのだ。
誰かが書いていたけど、弁当箱に水を張って、豆腐を入れる。それを横からポーンと打つと、中の豆腐は激しく揺れる。それと同じような現象が脳に起こるのだ。

実際に軽くでも顎にクリーンヒットしたら、どうなるか。
まず、倒れる。意識はしっかりしているから、「よし、立ち上がってもう一度やろう」と思うのだけれど、立っても足がフラフラになるのだ。俗に言う、「足にくる」という状態である。
こんなパンチの打ち合いをボクサーは何ラウンドもやるのだ。そこにはフットワークあり、ダッキングあり、スゥェーあり、ウィービングありのディフェンスも加わる。単純に殴り合いやったら、まず、ボクサーには勝てない。

だがしかし、グローブ慣れの打ち合いにリスクもある。友人のボクサーが街中で乱闘をやった際、手の骨を骨折したことは何度もあった。そして、それは自分も経験しているのである。実戦ではなく、空手の組手であったけれど。

その時のルールは顔面なしのフルコンタクト。攻めの一手で攻撃を仕掛ける自分に相手は防戦一方になった。それを追い詰めて右わき腹を軽く打った際、ものの見事に親指の付け根を折ったのである。しかも、単純骨折ではなく、粉砕骨折という重傷で手術する羽目になった。
この時の自分はというと、グローブなり、パンチンググローブなりを装着している感じでラフに相手のレバーを狙った。相手が強かったら、こんな雑な攻撃は絶対にしなかっただろう。油断して軽く握って、打った拳が肘に当たったものだから、その瞬間に激痛が走り、三か月にわたって、ギブスを着用することになった。しっかり握って打ちさえすれば、あんなことにならなかったのにと、今でも後悔している。

グローブを着けていても、骨折するケースはいくらでもある。そして、グローブを着けているからこそ、躊躇なく打てるということもあるのだ。自分の知り合いのボクサーはそれを知っているから、「喧嘩の時に備えて」と、いつも車の助手席に6オンスグローブを置いていた。そんなことに備えること自体、今、思えばどうかと思うのだが、当時は自分もそれを見習って、パンチンググローブを常備していたのだ(愚かな話である)
だから、ボクシングのパンチ全てが実戦で通用(素手の場合)するとは限らない。当たりどころによっては、怪我のリスクも高いのだ。

ここで話は変わる。
殴り合いに関しては最強格闘技のボクシング。それに対して、蹴りありのルールで戦ったら、どうなるか…。実はつい最近、自分自身で確かめてみた。
そのうちの一人は社会人の試合に出場しようとする選手。接近戦のファイタースタイルの男にはローキックで圧倒できた。
もう一人は国体、インターハイで活躍してきた選手。彼は自分の戦法を見ていたから、フットワークでリング狭しとばかりに動かれた。こうなると、そう簡単に蹴れないのである。しかもこの選手、出入りが非常に速い。不用意に出ると、一気にパンチを叩き込んでくる。だから、むやみに追うのはやめて、左ジャブに右の内股へのローキックを合わせようとした。すると、今度はそれを警戒されて、やはり、フットワークで距離を取られるのである。お互いに「最初の一発」を警戒して、攻撃ができなかった。それでもって、こういうスパーはやたらと体力消耗するのである。しかしながら、そんなことをやっている自分はと言えば、最近、還暦を迎えた歳である。今もそれなりにトレーニングしているとはいえ、現役当時のスピードや反射神経は間違いなく落ちている。これが相手と同じく現役のキックボクサーなら、もっと違う展開になっていたのは明白の理だ。

ボクサー相手にはローキックか、首相撲からの膝蹴りである。例えば、こちらがオーソドックスなら、右手をしっかりガードして、左手をストレートを出すかのように鉄壁の守備で蹴りにいく。このような戦法はK1でも放映されているから、試合を観た人なら分かるだろう。実際にボクサーとスパーをしたキックボクサーや空手家もいるだろう。こういう戦法でいけば、有利だ。ボクサーは強いパンチを打とうと、前足側に重心をかけているから、ローキックがヒットしやすい。蹴られ慣れていないから、蹴りに対するディフェンスも難しい。だから、蹴り技有りの選手とボクサーが試合したら、結果は目に見えている。

だが、怖いのは蹴り技をも使えるパンチャーだ。キック時代、ムエタイの選手でそういうのがいた。相手の蹴りの間合いを巧みにとらえて、思いっきり、全体重を乗せたハードなパンチを打っていくのだ。これをまともにくらって、対戦相手がぶっ倒される凄まじい試合を何度か観たことがある。つまり、技のバリエーションのある選手が強いのである。そして、「自分はこれ!」という得意の攻撃パターンを着実に持っているのがいい。平均的に何でもできるのもいいけれど、「この打撃が当たれば、一発で倒せる」という自信があることが試合における強さにつながる。

それはボクサーでも同じだ。例えば、左フックに自信がある選手はそれで倒せるという裏付けされた自信があるから、それにつなげるオフェンステクニックを徹底的に磨く。相手が出た時に合わせるカウンター、相手が足を使って距離を取る時の追い込みなど、それらの全てを想定したトレーニングをするのである。昔の剣術で言われた「一の太刀」である。例えば、初太刀から勝負の全てを掛けて斬りつける『先手必勝』の鋭い斬撃を特徴とする示現流は木刀を用い、「蜻蛉(とんぼ)」と呼ばれる独特の構えから、立木に向かって気合と共に左右激しく斬撃する『立木打ち(たてぎうち)』など、実戦を重視した稽古をひたすら反復していたと言う。その達人は幕末に多くの武士を震え上がらせた新撰組すら、警戒したというからその強さが伺い知れるというものだ。

話がそれたけれど、「これ!」という自信ある攻撃を知っている選手は試合での強さにもつながると個人的に思っているのである。

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