今回、紹介するのは禅道会・横浜支部の平井康一。福岡県出身で1972年12月の生まれ。大学までは福岡在住。就職で横浜に移り住む。理工系が好きだった彼は半導体の設計をする会社に就職する。この当時はまだ、武道や格闘技への関心はなく、テレビでPRIDEの試合を観る程度だった。しかし、スポーツそのものは好きで学生時代に部活でやっていたバスケットボールをしたり、釣りに行ったりしていたと言う。
「学生時代はバスケットボールもあまり真面目にやっていなかった。スポーツは好きだけれど、他の趣味があったのでそこまでのめり込むこともなかったんです。そのうえ、性格的に飽きっぽいので一つのことを続けることができませんでした」
そう語る平井だが、やがて結婚して子どもを持つ父親になると、気持ちが変わってきた。幼稚園年長の長男に教育的に武道を学ばせたいと思ったのである。平井のように、親が子どもに武道を学ばせたいというケースはよくある。しかし、平井の場合、少し違ったのだ。入門させたようと思ったのが禅道会の横浜支部。空手の知識も経験もない平井である。父親として、知らない道場で子どもを通わせるのは不安な気持ちになったそうだ。そこで、まずは自分が道場の体験稽古に参加したのである。初めて学ぶ稽古は新鮮で楽しかったらしい。その時、初対面の浪埼師範代の教え方がとても丁寧で、何とその日に入門したのである。
「武道も格闘技も経験が全くない自分に対して、体験時にいらっしゃった先輩方は、浪崎師範代、瀧本指導員(その日のメインの指導員)、鷲山指導員の3名です。浪崎師範代は、その日は二人の指導員の補佐的な形でアドバイスなどをしていただき、その指導がとても分かりやすかったのです。それから、道場の雰囲気も良かった。空手という武道へのイメージは稽古が厳しくて、先輩後輩の上下関係も毅然としたものがあると思っていたのです。そのような雰囲気の道場では子どもも通わせられないと思っていたのですが、一度の稽古で楽しさを感じることができて、子どもより先に自分が入門してしまいました」
それが2015年のこと。平井が42歳の時だった。この年齢で空手を始めるのも珍しい。「周囲からは変わっていると言われました」と平井は笑いながら語ってくれた。
「武道や格闘技を自分が始めるとは思いもよりませんでした。PRIDEをはじめとする格闘技関連のテレビ放映を観るのは好きだったのですが、実際にやろうという気持ちにはならなかったのです。それだけ、一度の体験稽古に魅了されたのですね」
本当はこの時、子ども (当時は幼稚園の年長)も一緒に入門させたかったらしい。しかし、当時は長女が産まれたばかりだったことと、もし、道場に入門したら、長男の送り迎えは奥さんの役割になる。そういうこともあって、まずは平井だけが入門することになったのである。
それにしても40過ぎで始めるとは、レアなパターンである。実際の稽古内容や平井が感じたことはどうだったのだろう。
「初めに禅道会の良さから言うと、基本稽古、移動稽古を一時間ぐらいやるのですが、初心者にも入りやすかったです。指導は丁寧ですが、付きっきりでそれをされたら、緊張していたと思います。でも、そういうことはなく、自分のペースでできることも性格に合っていました。もちろん、技の指導はその都度、行われましたがそれが分かりやすかったんですね。直感的で丁寧な指導をしてくださる瀧本指導員、理系で論理的な指導をしてくださる鷲山指導員のお陰で楽しく続ける事が出来ました。浪崎師範代には通常の稽古とは別の時間に特別に禅道会の基本的な技術体系や、稽古内容の意味合いなど丁寧に教えていだいていました。大畑支部長からの指導はもとより、この3人の諸先輩方のお陰もあり稽古の継続と、非常に早い昇段に繋がったと思います」
ちなみに、平井の長男は小学校の一年生になってから入門した。自分の稽古を通して、これなら子どもも楽しくできるだろうと思ったと言う。禅道会の稽古についてもう少し話を深めよう。昇級・昇段はその都度、審査が行われるのだが、禅道会では大会での試合内容なども重視される。普段の稽古で培ったレベルや成果を見るためにも大会への出場が勧められるのである。ちなみに、昇段する際には大会優勝が条件。一級までと比較すると初段のハードルは高くなる。それだけに平井の目標も明確になった。結論から書くと、昇級も早くて入門二年半ぐらいで初段になった。これは異例のスピード出世と言えるのではなかろうか。それだけ、平井の稽古が熱心だったとも言える。
とにかく、入門してからは三か月ごとに行われる大会にはすべて出場していたのだ。そして、2017年に行われた全日本RF武道空手道選手権大会 RFアクセスルール マスターズ優勝で初段になった。
普段の練習でスパーリングはやっているといっても、試合になると違う。初めの頃はどんな気持ちで試合に臨んでいたのであろう。
「殴り合い、蹴り合いは怖かったですね。今でも緊張感はありますが、試合が始まってしまえば戦うスイッチに変わります。だから、自分で自分を奮い立たせる気持ちでコートに上がっていました。試合に出場して良かったのは勝敗だけではありません。普段、稽古していることの何が良くて何が悪いかをフィードバックできることが大きいです」
その後、2018年 RF武道空手道関東大会 RFルールワンマッチでも勝利者賞を獲得した平井だが、過去には大会でこんな経験もしたことがあるそうだ。その一つがある大会で同年齢の選手と試合をした時。とてもタフな相手で、共に打ち合い、蹴り合い、投げ合い、締め合いで双方ともに動けなくなるぐらい消耗したらしい。もう一つは最初に出場した柔術大会。入門してわずか一か月の出場である。この時はクローズドガードで下から足で胴を絞められて、逃げることも対処するもこともできずに見事に負けてしまった。翌日は起きるのも辛くて、病院に行ったら肋骨が折れていることが分かったそうだ。
ちなみに小学一年生から禅道会に入門した長男も今は中学三年生。中学に入ってから「続ける、続けないは自由でいいよ」と言っていたが、継続してやっているそうだ。平井にとって、一つの目標と夢が親子で黒帯を取ることだった。それが実現したのは第五回RF武道空手道大会関東大会レギュラークラス中学生男子・軽量級の部で優勝したことだった。晴れて初段になり、抱いていた夢は叶えることができたのである。
「今は同じ日に道場に行って、長男とマススパーをやるなど、日々楽しく稽古しています。来年が高校受験なので今は塾に通うなど、何かと忙しいのですが、空手は継続してやってくれています」
平井は今、自分の稽古をしながら、月に一二回、指導に当たっている。
「指導に入ると、気持ちが引き締まりますね。普段以上に熱意をもってやるほか、質問されれば明確に堪えられるにしています」
門下生はみな、どうすれば上達できるのかを考えながら、稽古に取り組んでいる。打撃の強さはどうすれば上げることができるか?体の動かし方はこれでいいか?など、人によって質問も様々なので、分かりやすい体の使い方、イメージの仕方などを伝えるのが指導員としての平井の役割なのだ。
そんな彼にこれからの目標を聞いてみた。
「入門当初は楽しく稽古でできればいいと考えていました。そのうちに黒帯を取るのが目的になりました。でも、終着点はそこだけではなかったんですね。昇段してからはそれにふさわしい実力を持ちたいと思うようになりました。同時に奥深い武道の本質も探求していきたいとも思っています。また、空手がブームになっているのか、入門してくる方も多いのですが、その全ての方が続けてくれるわけではありません。仕事やプライベートで忙しいと思いますが、稽古に来る楽しみを感じてもらうと共に、自分が上達していくことの喜びを伝えられるようにしたいと思っています」