前回の記事の続きで、今回は「今の格闘技ジムの現状」。ジムの雰囲気や経営スタイルが変わってきたのは、二十数年ぐらい前だろうか。ボクシングで言えば、今まで選手育成メインであったのが、大きく様変わりしてきたのである。その一例が女性を対象とした、ボクシングエクササイズという練習メニューである。ボクシング=減量という印象がダイエットにつながると、少しずつ女性の入会が増えてきたのだ。ジムそのものも、従来通りの経営スタイルでは存続そのものが厳しくなってきた背景もある。女性が増えると、口コミで入会者も増えていくことから、エアロビクスを模倣したボクシングによるエクササイズが新たに生まれたのだ。練習内容はこれまで、トレーナーが一人の選手の指導にあたるのとは違い、ダイエットを目的とした内容に変化した。
とはいえ、練習内容は変わらない。ウォーミングアップのストレッチを行い、その後でロープスキッピング(縄跳び)をやる。それから、パンチのコンビネーションをやる。ワンツーから始まり、ボディやアッパーなどのパンチテクニックをこれまでは違い、短期間で教え、その練習をするのだ。ジムには有線でアップテンポの音楽を流し、練習生はリズムに乗りながらパンチのバリエーションを変えながら、シャドーボクシングを行う。ここでは、あくまで女性がメインである。ジムによっては、一人の指導だけでなく、練習時間を決めて、ある程度の人数を相手に全体的な指導を行うようになった。その雰囲気はスタジオで行われるエアロビクスのようなもの。違うのは、ボクシングの練習に特化したエクササイズという点だ。シャドーボクシングの後は従来通り、パンチングミットやサンドバッグ練習が行われる。スパーリングはやらない。あくまでも、ダイエットや体力作りを目的としたメニューである。
ちなみに、ボクシングはパンチによる打撃テクニックと思われがちだが、実際は下半身をはじめとした全身運動になる。一時間もその練習をやれば、汗だくになるし、人間の身体は糖分の消費から脂肪の燃焼になるので、一か月もこのエクササイズを行うと、確実に体重も落ちてくる。余分な脂肪がなくなり、引き締まった身体になるのだ。具体的に言うと、上腕の内側の脂肪が落ち、ウエストも引き締まってくる。その効果を如実に感じるから、ボクシングエクササイズの知名度は次第に上がっていった。この頃からだ。ジム側も入会した人を練習生と言わず、会員という呼び方に変わっていったのは。人気がピークであった当時は一つのジムに100名以上もの女性会員がいたというケースもあった。経営難ではあったジムのオーナーにしてみれば、まさに「恩の字」の一言である。ちなみに現在は通常のフィットネスジムもこのメニューを導入し、女性層を対象としたエクササイズが行われるようになっている。
ボクシングジムに話を戻すと、全国的に昔の選手中心の練習生獲得から、一般会員の獲得へと流れが変わっていった。そこには、むろん、選手育成という部分も残るのだが、「体力づくり」、「ダイエット」、「シェイプアップ」を目的とした指導スタイルへと変化していった。そうでもしなければ、経営的にやっていけないのだ。昔ながらのスパルタ的な指導をするジムは閉鎖せざるをえなくなるケースも出るようになった。ちなみに、格闘技ジムとはいえ、女性層が多いと、不思議なことに男性も集まるようになる。別に不純な動機で入会するのではない。見学に来た人たちが女性が練習するシーンを見て、「これなら、自分にもできる」という印象を持てるようになったのである。この傾向はボクシングジムならず、キックボクシングジムでも同様の変化が起きた。ボクシングエクササイズを真似た、キックボクササイズの導入である。こちらも練習メニューは同じ。違うのは、パンチだけでなく、キック(蹴り)があるだけだ。
このような傾向は全国的に各ジムに普及し、ジム側も「老若男女問わず、誰もが気軽に練習できる!」というキャッチフレーズで会員獲得に努めるようになった。入会者には基本から懇切丁寧に指導する。昔のような罵声や竹刀が飛ぶような、しごきの指導は嘘のように消え去った。そんなことをすれば、会員は簡単に辞めてしまうし、「あのジムは厳しい」という噂が流れようものなら、入会者も減る。ジムによっては、入会してくる人はお客様であり、顧客満足に努めることを徹底するようにもなった。特にボクシングの場合、メディアで放映されることも多いため、格闘技としてもメジャーである。昔から「ボクシングが好きでテレビで放映される試合は毎回、観ていた」という人も多い。ただ、「好きではあるけれど、自分が実際にやろうとまでは思わなかった」という人の方が圧倒的に多いのだ。そういう人たちを対象としたジムには、徐々に入会者が増えていく。
とはいえ、やはり、格闘技である。「厳しい」「怖い」というイメージもなかなか、拭えない。そこでジムによっては、体験レッスンという試みが行われるようになった。そこで行われるのは、ロープスキッピング、基本フォームの指導、パンチングミットといった練習の一部である。しかし、それでも人は新しいことを学び、身体を動かすことの喜びを感じるのである。実際に入会してからも決して、無理な指導は行われない。ボクシングもキックボクシングもその練習は自分のペースで行えるから、疲れたら休めばいいのだ。マシーントレーニングのスポーツジムとは違い、パンチをはじめとするテクニックが上達してくるから、「そこが面白いし、楽しい」と感じるのである。前述したように、かつては鬼のようなスパルタ指導をしていたトレーナーも意識を変えて、会員の「やる気」や「練習する楽しさ」を引き出すように指導にあたるから、教えてもらう側の満足度も高いのである。
ちなみに人は「楽しく学ぶ」ことの方がはるかに吸収しやすいし、上達の進歩も早い。無理矢理やらせるのと、自らやることの意識の違いである。それは格闘技のみならず、どの分野でも同じで、指導にあたるトレーナーたちは会員(選手に対しても)のモチベーションをいかに引き出し、長続きさせ、スキルアップするかを考えるようになった。数十年と比較すれば、まさに一大変化である。
さらにもう一つも付け加えるならば、ボクシングには昔からアマチュアの大会があったが、キックボクシングにはそれがなかった。ある程度の実力がついたら、いきなり、「試合に出てみないか」と言われ、プロデビューしていたのである。ところがこちらも数十年前あたりから、少しずつ、アマチュアの大会が小規模ながら開催されるようになった(現在、これらの催しはさらに広まっている)。ルールも比較的、安全面が重視されているから、ある程度の技量なり、実力を身につけた者なら、そこに出場できるのだ。いきなり、プロデビューするのと、小さな大会に出場するのとでは、心理的にも大きな違いがある。だから、こうしたアマチュアの大会はプロを目指す人にとっては、その登竜門になり、そうでない人には日頃の練習の成果を確認できるきっかけになるのだ。簡単に言えば、小規模な試合で実力を発揮できるチャンスが増えてきたのである。
このようにして、昔の格闘技ジムの風潮は現在と比較して、大きな変化が起きた。時代の変化とともに変わらずにはいられなかったのも背景としてあるが、「年齢や性別の壁」を超えて、誰もが格闘技を学べるようになったのは、いい結果につながっていると思うのである。