小沢代表とお会いする、ずいぶん前の話になる。自分がキックのトレーナーをやっていた頃の話だ。選手に少しでも強くなってほしいという気持ちから、キックボクシングというカテゴリーに囚われず、さまざまな格闘技、武道、武術の先生や団体と交流し、これぞ!というものは自ら学んで、吸収することに専念していた。
その中でも、印象深く残っているのは、心身統一合氣道のT先生との出会いであった。心身統一合氣道について少し、ご紹介すると、その源流は合気道の開祖、植芝盛平師である。植芝師に師事した藤平光一師が創始したのが心身統一合氣道だ。心身統一合氣道は心身統一道と合氣道の二つから成り立っており、正しい姿勢や心の持ち方(合わせて「天地の理」としている)を学ぶ、合気道の一派である。その特徴として…
①臍下の一点に心をしずめ統一する。
②全身の力を完全に抜く。
③体の総ての部分の重みを、その最下部におく。
④氣を出す。
という、身体操作の基本となる四大原則がある。これが具体的にどういうことか?と言うと、例えば③の「体の総ての部分の重みを、その最下部におく」を挙げて、紹介しよう。これは意識的にそうしなくてもかまわない。「重みは下」と言葉に出して立つ。それをしている人に対して、別の一人が両脇に手を入れて持ち上げようとすると、ずっしりと重くて、持ち上がらないのである。逆に相手が「重みは上」と言葉を出した場合は、すんなり上がる。簡単にできることなので、一度、試していただき、その違いを体感してもらえたらと思う。
四つ目の原則である「氣を出す」については、腕をまっすぐに伸ばして、指先から氣が出ていることをイメージして、この腕を相手に力任せに曲げさせる。しかし、曲がらないのである。腕に何か芯のようなものが入ったかのごとく、相手が両手で何とかしようとしても曲がらない。逆に、拳を握って、力を入れて腕を伸ばすと、これだと膂力のある者には曲げられる。
自分が通っていた、名古屋の道場には、二人の師範がおられ、その一人がT先生だった。とても柔和で、気さくな方だったのだが、このT先生が凄かったのである。
例えば、前述した「重みは下」の状態の相手を持ち上げる基本稽古。道場の門下生がそれをしても、自分は誰でも持ち上げることができた。T先生とは別の師範にも試させていただいたところ、持ち上がるのである。「●●さん(自分のこと)は、力の使い方、出し方を知っているなぁ」と言われたものである。ならば、T先生はどうか?と、挑んだところ、まったく持ち上がらない。T先生は決して、体格がいいわけではなく、力があるようにも見えなかった。にもかかわらず、どう力を出しても持ち上がらないのである。腰に両手を回して、ごぼう抜きに持ち上げたらどうかと試したところ、一瞬、「持ち上がる!」と思った。しかし、その瞬時にT先生が自分の肩に片手をそっと置いた。すると、どうだ、あたかも大木を抱えているかのごとく、びくともしないのである。これには、本当に驚かされた。
他にも驚いたのは、「●●さん、指を伸ばして私に向かって出してください」と言われ、そうしてみたところ、T先生が自分の指の根本からなぞるように触れた瞬間、なんと、自分の手とT先生の手がぴったり、くっついたのである。そのまま、T先生が動くと、自分もつられて動かされてしまう。手はくっついたままで、離そうにも離せないのだ。「これはいったい、なんですか?」と訊ねたところ、「●●さんの氣をとっているんです」と言われた。この、くっつく手はあたかも接着剤がついているかのごとくの状態になり、一度、くっつくと手のみならず、腕も肩もくっついてきて、こちらは身動きを封じられてしまうのだ。これはある空手を学んできたという門下生にも仕掛けるパンチに同様のような、くっつく掌で対応をしていたが、それはボクシングでいうパーリングでもない動きで門下生の放つパンチはことごとく、粘着するようなT先生の手に制圧され、成すすべなく封じられるという感じだった。
このようにT先生の技には驚きの連続だったが、他にも印象に残っているのは、門下生の一人で非常に力のある人がいた。自分も力には自信があり、腕相撲をしても大抵の人に負けることはなかったのだが、この人には勝てなかった。がしかし、T先生がこの人と腕相撲をすると、一瞬にして勝ってしまうのである。膂力が優れているとは思えないT先生がなぜ、勝つのか?それを質問したところ、「相手の氣を読むんです」という答が返ってきた。ちなみに、心身統一合氣道では、杖を用いた型稽古もあったが、T先生がそれを行うと、まさに杖がしなうかのような柔軟かつ鋭い動きをするのである。自分が杖を持って、渾身の力で構えるところにT先生の杖が叩き込まれたら、とんでもない質量の衝撃がきて、持っていた杖を落とされた。合気に関しては、懐疑的だった自分だが、T先生の達人技には感動させられ、入門し、学んでいた時期がある。自分だけではなく、もう一人、キックのトレーナーも誘って道場に通っていたほか、T先生を招いての実践セミナーをジムで行っていただいたこともあった。
ちなみにT先生は今も心身統一合氣道でご活躍されており、K1に出場する格闘家たちもその技と身体操作を学んでいる。
他にも澤井健一師が創始した武術、太氣至誠拳法(たいきしせいけんぽう)稽古を受けたことがある。ここで行われる稽古法は立った状態で行う「立禅」、重心を落としてじっくり練り上げるように動く「這い」「揺り」「練り」といった基本動作と、推手や自由組手による稽古が中心だった。極真空手のトップクラスの空手家をはじめ、多くの武道家がその指導を受けていたという太氣至誠拳法だが、自分は基本稽古である「立禅」はずっと、立ったままでいるのが苦痛だったし、「這い」や「練り」の基本動作は肉体的にもかなり、ハードだった。指導していただいたのは、澤井師の高弟であったと記憶しているが、発力という、やはり、独特の突きはミットを持って構えた状態で打たれても体を貫通するかのような衝撃がきたことを覚えている。もっと、本格的に学んでおけば良かったと思うのだが、仕事とキックのトレーナーと同時並行して学ぶ時間がなかなかとれず、稽古ができなかったのは今にして思えば残念である。
他にもジークンドーという、ブルースリーが創始した武術を学んでいる人からその技術を指導してもらったことがある。打撃におけるトラッピングというその手法はやはり、ボクシングのそれとは違うテクニックで受けるのと攻撃するのが同時なのだ。出した打撃はボクシングのように引かず、手の甲、肘打ちと変化させながら、次々と攻撃していくのである。間近な距離でそれをやるから、実戦面でもかなり、強力かつ発揮できる武術だと確信させられた。
いずれも本格的に学んだわけではないが、それら武道のエッセンスはキックの練習に十二分に応用・活用することができた。ムエタイをルーツとしたキックボクシングは超接近戦の打撃技があるが、その代表例が肘打ちである。これもまた、ムエタイのトレーナーから直接指導を受けたことがあるが、肘打ちにはカットする打ち方と倒す打ち方がある。ムエタイはポイント制が高いので、カットする肘打ちが多用されるが、倒す肘打ちの威力は相当なものである。一度、スーパーセーフ着用で、この倒す肘打ちを相手に見舞ったところ、スーパーセーフが割れたことがあった。むろん、相手はノックアウトである。中間距離でも接近戦でも対応できる技、それが武道・武術の技の醍醐味だと思っている。