8月11日の日曜日、禅道会・小沢代表を招いてのセミナーが行われた。今回はその模様を書いていきたい。
セミナーが開催された場所は禅道会の友好団体である空手道・大森道場。空手をはじめとする武道を学ぶ者、十数名がここに集まった。以下、小沢代表の話である。
「のっけから、変な質問をするようですが、質量普遍の法則って、ご存じですか?多分、中学校の物理で学んでいると思うのですが、一度、発生したエネルギーは絶対に無くならないということです。形が変化するだけです。
みなさんがジョギングをした時…、歩くことと走ることの違いは分かりますか?両足が宙に浮いていることが走るということ。歩くというのは、どちらかの足が地面に接していることです。ですから、競歩では足が宙に浮くと失格になってしまいます。それはどういうことかというと、走る時は一瞬、両足が宙に浮くので、重力に逆らっていることになるのです。
禅道会の昇段審査で108 km歩行という3段位になるための審査があるのですが これは高低差110mの起伏あるコースを走ることなく 24時間以内に完歩しなくてはなりません。この 108 km歩行は必ずしも長距離走が得意な人が完歩出来るとは限りませんし、走りの遅い人が割と早いタイムで完歩する事もあります」
「つまり、歩く事と走る事は基本的・根本的に身体の使い方が違うのです。
誰もが走ることはできますよね。だいたい、5km、35分のペースで走れると思います。この時、下半身は重力に逆らって、何㎏ぐらいの力を一瞬、出していると思いますか?重力に逆らう力をキログラムGと言いますが、実は300㎏から600㎏の力を出しているのです。バーベルスクワットをされた方はみえますよね。それで最高、何㎏ぐらい挙げることができたでしょう。200㎏挙げられたら、結構、挙がるのですが、世界記録はおそらく、450㎏ぐらい。でも、人間はジョギングするだけで、一瞬の間にフルスクワットの世界記録を超えるぐらいの力を出しているのです。
ここで思い出していただきたいのが、さきほどお話した質量普遍の法則なのです。そこに発生した力はどこに行くのか?パンチの威力となってもおかしくありません。力の八割は下半身から発生し、600㎏を出せるはずなのです。でも、一般の成人男子がパンチを打つと。60㎏から90㎏にしかなりません。質量普遍の法則から言えば、下半身から発生する力はそのままパンチの重さになってもおかしくありません。もっと言えば、誰もが600㎏ぐらいのパンチを打てるようになっているのです。別にボクシングの世界チャンピオンでなくても、ジョギングぐらいできれば、600㎏のパンチを打てるはずなのです」
600㎏のパンチを打てるというのは、特別に優れたフィジカルが無くても放てるという小沢代表の話に参加者は興味を惹かれた。むろん、自分もその一人である。しかし、そんなことは不可能ではないか、できないとしたら、どこにその原因があるのだろうか。その疑問に答えるかのように小沢代表の話は続いた。
「質量普遍の法則から言えば、600㎏のパンチを打てる可能性はなくはないのです。ところが、人間というのは様々な場面で心的に追い込められますよね。潜在意識の中に様々な観念や錯覚があって、そのそれが心理的阻害要因になっているのです。では、なぜ、600㎏のパンチを出すことができないのか。それは力が分散してしまうからです。これをもう少し細かく言うと、パンチを打つこと自体が日常的にはやらない動作だからです。つまり、その人にとっては日常の関節の可動域を超えているのです」
「これは当たり前なのですが、やったことのない動きには脳内のニューロンが形成されていません。繰り返しその動作をしないと、脳内のニューロンが形成されないので、そういう動きができないのです。つまり、単純にそういう動きをやったことがないからというのが理由なんですね。
だから、なぜ、ストレッチをするかというと、身体を柔らかくする目的もありますが、日常の関節の可動域にまず慣れないといけないのです。それと、なぜ、基本稽古・移動稽古をやるかというと、やったことはやらないと、そういう動きをするための脳がその動きができないのです。これはどのスポーツでもやったことのない動きはできないので、反復練習が必要なのです。脳が学習しないと、そのような動きができません。
だからパンチの打ち方、蹴り方も「習うより、慣れろ」、「見よう、見まね」で練習していくと、下半身から発生したエネルギーが伝わるようになっていきます。これは基本的な理屈なんですね。だから、あらゆる空手団体で基本稽古をやって、移動稽古をするのは下半身から発生したエネルギーをどのように使うかを体得しようとしているのです。打ち方とか緩急の考えはそれぞれの違いはありますが、基本はそういうことなのです。そうすると、いつかは誰でも強いパンチを打てるようになるし、そういう仕組みになっています。手順を踏んで、日常の関節の可動を超える関節の動きに慣れていく。そうして、パンチや蹴りの練習をしていくと、誰でもそれができるようになるのですが、ここが問題で誰もが『自分は強いパンチを打てる!』とは思っていないのです。
ハードパンチャーとそうでない人はいますが、その差はかなり縮められるという現実的な理由が分からないので、自分の自己体験による観念で『強いパンチが打てるタイプではない』と決め込んでしまっていることが一つの大きな要因になっているのです。
禅道会では、だいたい一回の稽古で1800本ぐらいの突きや蹴りを放つのですが、それを何度も繰り返し行うので、当然、人間にはホメオタシスといって、その動きに慣れて順応しようというシステムが働きます。ですから、最初は習うより慣れることで数をこなした方が上達します」
「ちょっと、話がずれますが、走り幅跳び。この時に下半身が強い力を出すにはどうしたらいいかをお話したいと思います。
飛ぶ時に踏み切り足が曲がっているのと伸びているのとではどちらが飛べると思いますか?これは曲がっていない方が飛距離を出せるのです。だから、100m走でも着地した足はほとんど曲がりません。足が曲がるということはそれだけ瞬発力を損なうことになります。速く移動することもできません。下半身が大きな力を発揮することもできません。ボクシングやキックボクシングで縄跳びをやりますが、あれぐらいの膝のたわみの方が速く動けるのです。腰を落とせば、落とすほど、瞬発力は衰えてしまいます。だから、あらゆる実戦格闘技(特に顔面攻撃あり)の試合で空手の前屈立ち、後屈立ちのような立ち方はしないのは、機動力、速く移動することが必要になるからです。MМAの試合など、特に間合いが遠いです。しかも、オクタゴンはリングより広いです。ですから、特に総合格闘技の選手で腰を低く構える人はいません。機動力、速い動きが必要とされますから。これはどういうことかと言うと、下半身が瞬時に強い力を出すには空手の概念で言う立ち腰の歩幅が一番、適しているのです。みなさんが子どもの頃から歩いている歩幅、普通の歩幅が非常に合理的なのです。その歩幅でいると、瞬発力も速くなりますし、打たれることへの耐久力も強くなります」
自分も若き頃は伝統派の空手を学んでいた一人である。その道場は型重視の稽古で組手はめったに行われなかったが、実際の組手になると、その道場の有段者たちは誰一人として、前屈立ち、後屈立ちのような立ち方はしなかった。いや、している人もいたのだが、時間の経過と共に、呼吸が乱れると共に、通常の歩幅で立って組手をしていたのである。このあたりは、小沢代表が言うように、自然体の歩幅で立つということが大切になってくるのであろう。
セミナーの話の内容は次回へと続く…。