試合では、ガンガン前に出るファイターだった大畑だが、黒帯になってからは、カウンターも狙えるようになった。動体視力や反射神経が優れているのに加え、勘もいいから、それができたのだ。打たれることを怖がるタイプだと、なかなか、カウンターはとれない。しかし、大畑のように、臆すること一切なく、攻めるタイプはそれができるのだ。むろん、それまでの経験値も活かされる。
「相手の攻撃をもらうことで覚えたのもありますよ。私の場合、情緒はないけど、学習能力はあるのです。一発で倒せるなら、それもいいですが、相手から食らった打撃技を自分が使えるようになるのもいいものです。対戦相手の技を吸収するかのように。その感覚を思い出しながら、イメージして稽古をしていました」
自分が見る限り、大畑は生まれ持った素質があると思った。しかし、それだけではない。人以上に稽古に熱心であり、技の体得を目指すのに集中できる選手だったのだ。得意の攻撃パターンはなんだったのかと訊ねたら、こんな答えが返ってきた。
「左のジャブやストレートが得意でした。そこから、組んでからの膝蹴りです。そのつなぎを得意としていました。至近距離で詰めて戦うので、相手からも嫌がられましたよ。他には、相手の蹴りに対して、膝蹴りを合わせるのも得意でした。だから、派手にKОするというより、攻めまくって、相手が戦意喪失するという感じでしたね。派手な攻撃を繰り出す選手ではなかったので、見る人には面白くなかったかもしれません」
ちなみに、自分もファイターだった。ただ、痩身なので、インファイトをするより、ボクサーファイーのタイプだったのだ。だから、大畑のように、ひたすら前に出てくる選手が対戦相手から嫌がられたというのは、良く分かるのだ。しかし、打撃武道・格闘技で“左が得意”というのは、それだけで試合運びが有利になる。大畑が腕の長さを見せてくれたが、確かに長いのだ。さらに、掌が大きい。拳を握れば、それも大きい。このあたりはパンチ主体で戦う選手に授けられた、生まれ持っての素質であろう。いずれにしても、自衛隊時代は訓練、そして空手でも稽古に時間を割いていた大畑である。飲みもしないし、遊びに行くこともなかったから、お金を使うことがない。その時の蓄えが道場開設資金になった。
話は大畑と会った時に戻る。彼の顔も話しぶりも柔和なのだが、若き頃はデンジャーな人間だった。自衛隊時代のことだが、就寝時間に寝ていたところ、理由もなく、先輩に起こされて殴られた。黙って、殴られるようなタイプではない。即座に起き上がった彼は、顔面への膝蹴りでその先輩を昏倒させたそうだ。血気盛んで、国のために命を投げ出すことを真剣に考えていた男である。バディ(相棒)は親身にしていたが、仲のいい友達も少なかったらしい。そんな大畑は実戦を通して、強くなることが拠り所だったのである。
素手での強さを求めていた大畑は、武器術にも関心を抱いた。自衛隊では、銃とともに銃剣格闘も学ぶ。その演習をする時、大畑は常に心がけていたことがある。それが何かと言うと…「ためらいなく、銃の引き金を引く」ことである。ナイフなら、躊躇なく、相手の頸動脈を斬る。それをできるよう、イメージしながら訓練に精を出していたのだ。むろん、それは単に大畑が粗暴だからではない。何度も書いてきたが、「国のため」という大義名分があったからだ。だが…国ためとはいえ、普通、そこまで考えるものだろうか。大畑は日本が憲法で戦争を放棄したことを知らなかった。だから、戦地に臨む心構えをしていたのだ。とはいえ、国のために命を投げ出す。最強の兵士になる。そのために、ためらいなく相手を仕留めるまでのことを普通、考えるだろうか。戦争のない、日本である。そう考えるまでのことはないはずだ。しかし、大畑は違った。真剣に国のために命を捧げることを覚悟していのだ。入隊前、家を出る時に彼は母親にこんなことを言ったのである。
「ぼくは、国のために死んでくる」と。
真剣にそう思っていたのだ。いかれているんじゃないか?という人もいるだろう。神経を疑う人もいるだろう。あるいは、「実際の戦地に行ったら、それができるか?」という人もいるだろう。しかし、大畑の胸中に一切の迷いはなかった。自衛隊宣誓書というものがある。入隊の際、その書面を読んでサインをするのだが、そこにはこう書いてある。
「心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえる(前半・後半の文書は省略)」
サインをする時、大畑は恐怖を感じたそうだ。身をもつて…だ。危険を顧みず…である。その書面に恐怖を抱いたところが、大畑の覚悟の程を窺い知ることができる。普通なら、「そんなことはない」と思うだろう。もっと、軽い気持ちでサインをするだろう。だが、大畑は真剣にそれを思っていた。だからこその恐怖感である。そのあたりが常人とかけ離れていると思うのは、自分だけだろうか。いずれにしても、「ためらいなく仕留める」、「国のために命を投じる」という大畑の言葉に一抹の嘘も感じなかった。戦地に赴いたら、彼は喜んで自らの命を捧げたに違いない。
大畑と初めて会った時のこと。彼はこんな話をしてくれた。
「レンジャーは国を護る兵士ですが、格闘技術があっても、相手を殺せるかどうかは別です。戦地とはいえ、相手の命を奪うことは、その人の全てを抹消することだから、簡単にはできません。しかし、それをためらいなくできることが本物の兵士なのです。ナイフを持っていたとしたら、一瞬のうちに躊躇も恐怖もなく、相手の頸動脈を斬る。私はいつもそれができる意識をもって、訓練に臨んでいました」
レンジャーとはいえ、そこまで思う人間は少ないだろう。だが、大畑は日本一の兵士を目指していたのだ。そして、「国を護る」という強烈な目的をもって、訓練に臨んでいたのである。このあたり、今まで自分が会ってきた、どの武道家、格闘家とも違うところだ。喧嘩三昧の人生を送ってきた腕自慢は大勢いる。負け知らずと言う、つわものもいた。しかし、殺人技術を実際に遂行しようとする人間には出会ったことがない。それだけに、大畑の話のインパクトは強かったし、自衛隊宣誓書にサインをした時の彼の胸中が窺い知れるのだ。
だが、日本は日本国憲法第九条にも書いてあるように戦争を放棄した国である。それを知った大畑は失意の気持ちと共に、六年間、務めてきた自衛隊を辞めた。この話はすでに書いるが、自衛隊を辞めた理由はもう一つある。それを大畑本人の言葉で語ってもらおう。
「当時の首相が発言した言葉の数々に疑問を抱いたのです。私は国のため、天皇陛下のためなら、喜んで命を捧げるつもりでした。しかし、自衛隊を動かすのは国の代表である首相です。その命令を受けて自分が戦地に赴けるかと考えた時、『この人の命令では、それができない』と思ったのです」
天皇陛下、そして国を護るためにと、厳しい訓練を我が身に課してきた大畑が自衛隊を去ったのは、そんな理由もあったのである。
禅道会横浜支部長の大畑慶高が本を執筆!
2020年11月19日に出版されます!
発行:白夜書房
四六判 192ページ
定価 1,500円+税
ISBN 9784864942904
陸上自衛隊レンジャー部隊に所属した経験と、禅道会で積み重ねた鍛錬と大会の実績、そして会社経営者としての見地から、昨日の自分より強くなる方法を解説した本です。