小沢代表の名古屋セミナーの話は参加者からも好評だった。自分としては、特に参考になったのが脳の働きが人間の意識にどれだけ、大きな影響を及ぼすかという内容であった。これについては、以前、自分が複雑骨折で手術をして以来、酷い首懲りがずっと続く原因は脳にあると聞かされた話にも通じるが、人間の意識、つまり脳に刻み込まれた出来事はそれだけ、人の身体にも大きな影響がくるのである。
話はここで変わる。セミナーが終了して、近くの中華料理屋に行った時のことだ。そこで、自分は小沢代表とテーブルをはさんで、真向かいに座った。そこで、セミナーに続くような話を聞かせていただいたのである。
「未来を不安に思うのが、予期不安とお話しましたが、これがあるから人間の心や身体の健康を崩す場合がありますし、問題に遭遇した時は心の感度を下がり、対処すべき能力を下げてしまうのです。ですから、この予期不安さえ生じなければ、人の心は安定して、調和されたものになります。何も起こらない人生はありませんよね。そこで大切なのがあらゆる過程で遭遇する問題に対して、どう対処していくかがその人の人生の分かれ道になるのです」
過去の体験の集積が予期不安を作り出すとも言えると小沢代表は話してくれた。経験・体験を積むことが人間の能力を育むとはよく言われる話である。しかし、ピンチをチャンスとして意識転換していくことはそう簡単にできるものではない。そのあたりの留意すべきポイントはどこにあるのだろうか。
「人が問題に直面した際、もっとも邪魔をするのが先ほどもお話したように、『こうなるんじゃないか、こうなったら、どうしよう』と心の中に湧いてくるいくつもの不安感。これが生じるから、心身共に過度な緊張状態を招いてしまうのです。問題自体が人の心を拘束するのではなく、そこから生じる未来の不安を先に抱いてしまうことが心の余裕を消してしまうのです。さらに、そういう局面に陥った人は不安な情報ばかりに意識を向けてしまい、さらなる不安感を抱いてしまうのですね。だからこそ、それらを解消するため正しい姿勢や呼吸法が必要になってきます。先ほどのセミナーで、私が『白いウサギを絶対にイメージしないでください』と言った時、みなさんは、かえって白いウサギをイメージしてしまいましたよね。それは白いウサギをイメージをしないとすればするほど、意識が白いウサギの色を思い浮かべてしまうから。だからこそ、臨場感をもって、イメージするということが必要になるのです。正しい姿勢、基礎的な呼吸法、臨場感をもってイメージすることで、心身の健康や対人関係からくる精神的ストレスなどに対して、対処できる能力が培ってくるのです」
小沢代表はセミナーで、「人間は過去のさまざまな経験をベースに生きているので、もともと、未来に対して不安を持つもの」と語っていた。特に現代社会では、不安感を抱きやすい環境下にあり、誰もが一度はそのような経験をしたことがあるだろう。ここで、もう一度、小沢代表の話に戻すことにする。
「詳しく話すと、この動作は何のためにあるのかを意識することを『認知』と言います。初歩的な認知から、これを深く堀り下げていくのです。そこがある意味、武道の稽古における特色の一つでもあるわけですが、それをしていくと、内観ができるようになります。その内観の認知の支えとなるのが何度もお話したように呼吸法です。自分の表側の情報にとらえるではなく、自分の『内部に対して感じていく、認知していく』のです。それを総称して、禅と言うのでしょうね。専門的な話になりますが、普通、呼吸というのは延髄が行っています。ところが何らかの危機感を感じると、興奮して扁桃体と連携して呼吸をするようになると言われていて、さらに、呼吸を意識した時には、今度は大脳の前頭葉がその機能を発揮し始めます。人間の大脳は扁桃体をはじめとするさまざまな生理機能をコントロールし、身体全体の生理機能をも変化すると言われています。その呼吸をコントロールしているのが『丹田』なんです。そこで総称して日本では古くから、『丹田呼吸』という呼吸法が用いられてきました。これが肚の据わった人間になるための日本文化の特色だったのでしょうね。だから、今のようにマインドフルネスという言葉が言われるようになる前から、日本では、マインド古くからフルネスが行われていたと思うのです」
「セミナーでも述べましたが、呼吸法を伴う瞑想により、脳細胞は復元すると言われています。呼吸法によって、大脳がストレスを緩和・コントロールしようと働き、結果的に人の心はストレスフリーになります。同時に、予期不安からも解放され、自然治癒力で脳細胞は復元されると科学的にも言われています。一芸に秀でている人などは『……三昧』と言われますが、その間、マインドフルネス状態に持っていきやすい感覚を持っている人たちなのです。ここで大事なことが何度もお話してきた『快』の感覚。しかし、現代社会では『快』を感じられる環境はなかなかありません。でも、真のマインドフルネスを抱けるようになるには、『快』が無ければなりません。その反対に『不快』の状態が続くと、イライラして不安ばかりが広がってしまうのです。呼吸ということを軸に考えると、そこに副産物があるのが筋肉の使い方。走ったりする時は重力に対して逆らう力を使っています。走る、跳躍するなどは能動的な筋力を駆使しているのです。それに対して、歩く動作や立っている時、もしくは座っている時は筋肉を使っている感覚は無いと思われますが、実際はそういう時も重力をはじめとする様々な拮抗する『抗重力筋』を使っているのです。歩いている時や立っている時、座っている時に『筋肉を使っている』という意識はありませんが、そのような重力に拮抗する力のことが『抗重力筋』と呼ばれるもの。これは姿勢を保持しているときに働いている筋肉です。では、これをどのように活用していくかというと、ここに呼吸法が深く関わってくるのです。ある種の呼吸法を意識することで、『抗重力筋』が活性化すると言われています。これは例えば、日本の伝統的な文化である茶道や華道、弓道にも共通していますが、『抗重力筋』を活性化することで、人間の動作がひとまとめにまとめられます。立ち居振る舞いが美しいと人に見られるのは、その人の動きが一つにまとまった状態になって調和しているからです。だから、こうした『抗重力筋』を活性化させることによって、心身全体が一つのものとして調和することにより、動きが美しくなるわけです。中心がしっかりしていないとぶれてしまうのは、武道の技も一緒なんですね」
「人間がなぜ、二本の足で歩けるかというと、それは人間が他の動物より抗重力筋が発達しているからと推測されます。その誰もができる要素をどのように認知を深めていくかで、呼吸法で心身が調和されて、ひとまとまりになります。それによって、武道における打撃も相手に読まれにくい技になるのです」
呼吸法による抗重力筋の活性化により、心身は調和して、まとまった状態になる。それは武道や格闘技の打撃戦や組み技や寝技に持ち込んでも有効的な動きができると言う小沢代表。つまり、正しい呼吸、その時の姿勢が抗重力筋を活かした動きにつながっていくということになるのだ。そして、それを日常に活かせば、ストレスフリーの余裕の心で「今に生きることの幸福感」を感じ取ることができるとも小沢代表は語った。そしてそれは、仕事に多忙なビジネスマンや多様な業務に追われる経営者にもそれができて、役立つ」ということであった。このあたりは、武道・格闘技をする方だけでなく、あらゆる人々に実践していただきたいものである。続けて、小沢はこんな話もしてくれた。
「ストレス社会の今日、心の状態を調えることはさまざまな場面で求められるようになってきました。ただ、マインドフルネスは心の健康だけがメインになっていますが、それだけをテーマにした認知をしていると、強いストレスを受けた時にコントロールがしにくいのです。だから、それよりも一歩前に出て、ストレス状態になっても自分を見失わないようにすることが大切だと思います。」
追記 8月27日、小沢代表のお母さまがご逝去されました。お母さまのご冥福、お祈りいたします。