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死を超えた武士道① ― 大畑慶高・山岡鉄舟・山本常朝、三つの魂が交わる場所 ― 前編:覚悟という名の出発点

プロローグ ― 稽古をやめない男

横浜市内の道場に、毎朝欠かさず稽古に現れる男がいる。

大畑慶高(おおはた よしたか)。1974年生まれ。総合格闘技空手道・禅道会横浜支部長であり、認定NPO法人日本武道総合格闘技連盟の副理事長。元陸上自衛隊アルペンレンジャーにして、全日本空手王者4回。曹洞宗僧侶(法名・道慶)でもある。

肩書きを並べるだけで、ただならぬ人物像が浮かぶ。しかし大畑を知る者が口を揃えて言うのは、肩書きではなく、彼の「姿勢」についてだ。

「たとえ余命一か月と言われても、稽古はしていきたいと思っています」

この言葉を聞いたとき、ある一冊の書物が脳裏をよぎる。江戸時代中期、佐賀藩士・山本常朝が口述し、田代陣基が筆録した『葉隠』である。

「武士道とは死ぬことと見つけたり」

大畑慶高という男の生き方を辿るとき、この言葉は単なる引用ではなく、彼の人生そのものの注釈として機能する。


第一章 ― 山本常朝と『葉隠』が生まれた背景

1716年。佐賀藩士・山本常朝は、藩主・鍋島光茂の死後、殉死を禁じられたまま出家し、山中で隠棲の日々を送っていた。主君のために死ぬことを許されなかった常朝にとって、それは深い屈辱であり、同時に魂の空白だった。

その常朝のもとを訪れたのが、若い藩士・田代陣基だった。7年間にわたる対話の記録が、後に『葉隠』としてまとめられる。その本質は「どう強く戦うか」ではなく、「どう死ぬか、そして死を意識することでどう生きるか」という問いへの、常朝の一生をかけた答えだった。

  • 死の覚悟:「いつ死んでもよいという覚悟を持って生きよ」ということ。
  • 真の自由:死を恐れる心が人を迷わせる。死を受け入れた瞬間、人は初めて真に自由になり、使命に向かって一心不乱に生きられる。

常朝は「言葉」という武器で、武士道の精神を後世に伝えることを使命とした。死ねなかった男が、死の哲学を語り続けた。その逆説の中に、葉隠の凄みがある。


第二章 ― 大畑慶高の原点、「死の覚悟」と入隊

静岡県で生まれた大畑慶高の少年時代は、荒れていた。劣等感を抱え、喧嘩を繰り返す一方で、成績は優秀。この矛盾した二面性が、後の大畑を形成する土台となった。

転機は、元軍人の祖父だった。幼いころから「一番になれ」と言い続けた祖父の言葉は、荒んだ心の奥底に静かに根を張っていた。やがて大畑は「自分の存在を国のために活かしたい」という思いを抱くようになり、20歳で陸上自衛隊に入隊。そして選んだのは、最も過酷とされるアルペンレンジャー部隊だった。

レンジャー訓練は、人間の限界を試す。「死んでもやり遂げる」という精神の強度が求められる場所で、大畑はその訓練を「苦痛ではなかった」と振り返る。なぜなら、彼にはすでに覚悟があったからだ。

「私が求めていたのは、日本一の兵隊、戦士になることでした。戦闘のプロとしてできる全てのことを身につけることが目標だったのです」

常朝にとっての奉公の道が大畑にとっては、国であり、弟子たちであり、武道そのものだった。


第三章 ― 山岡鉄舟、葉隠を体で生きた男

山本常朝が「言葉」で武士道を語ったとすれば、それを「体」で生きた人物がいる。幕末の三舟の一人、山岡鉄舟(1836〜1888)だ。

鉄舟は剣・禅・書の三道を極めた人物だが、江戸城無血開城を実現させたその単独交渉を可能にしたのは、技術を超えた「死を超えた静けさ」だった。西郷隆盛は鉄舟を「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と評した。

  • 無刀流:刀を持たずとも敵に勝てる精神の境地。
  • 理想形:剣(武道)と禅を同時に追い求め、生涯稽古をやめなかった鉄舟の姿は、大畑自身の武道人生の理想形そのものである。

第四章 ― レンジャーを去る日、使命の転換

6年間、アルペンレンジャーとして服務した大畑は、日本国憲法第九条という現実に直面する。「国のために戦い、死ぬ」という覚悟を持って入隊した男が、「戦えない」という現実に突き当たった衝撃は深かった。

しかし、彼は即座に次の使命を定めた。禅道会での空手修行を本道とし、「子どもたちを肉体的にも精神的にも鍛え、将来の日本を背負う人間にする」という新たな志を立てたのだ。

常朝が「言葉」に使命を転換したように、大畑もまた「戦えない」現実の中で「育てる」という新たな戦場を見つけた。逆境の中でこそ、武道の精神はより深く根を張るのである。


前編のまとめ ― 三つの魂をつなぐ「覚悟」

山本常朝、山岡鉄舟、大畑慶高。時代も立場も異なる三人だが、共通する一点がある。それは「死の覚悟を持って生きる」という姿勢だ。

覚悟とは、何かを失うことではない。何かに命を捧げるほどの「意味」を見つけることだ。三人はそれぞれの時代に、それぞれの形で、その「意味」を生き抜いた。

後編では、大畑慶高が全日本王者となり、道場を開き、僧侶となり、著書を残すまでの軌跡を辿りながら、葉隠と山岡鉄舟の思想が現代にどう息づいているかを探っていく。

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